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古寺巡礼

 5月17日、18日、奈良に行きました。古寺を巡って思いっきりのんびりしようかと思っていたのに、まさかの猛暑で連日の30度越え。汗は噴き出すは喉は渇くはで、とてもゆったりとした気分とはいきませんでした。それでも西ノ京は喧噪とは無縁で、心落ち着くよい時間を過ごせました。

 ふと思いついて何十年ぶりかで和辻哲郎の『古寺巡礼』をやくもの車中で読みました。すっかり忘れてしまっていたので新鮮な気持ちで読めました。序文に同書を再び出版することになった理由を書いています。出征する(太平洋戦争に)若者が戦地に赴く前に同書を手に古寺を見ておきたいと切望したことが動機の一つとなったようです。昔読んだときは何も思いませんでしたが、千年の時を経てなお変わらずにある古寺を死にゆく前に見ておきたいという願いに粛然としました。今のウクライナやロシアの中にも同じような思いを抱いている若者たちがいるかもしれません。

 今となっては、仏像や建築と和辻のような対峙の仕方をするのは困難です。展示の仕方がよく言えば洗練されて、悪く言えば管理的になってしまったので。四十数年前、高校の卒業式を前に一人旅で訪れたときと比べても、ずいぶんと変わってしまいました。手を伸ばせば触れられるようにあった国宝をなでさするようにして感じ、記録した書が『古寺巡礼』です。まだ若かった和辻のみずみずしい感動のしぶきに出合えただけでも、奈良行きを思いついてよかったと思ったことでした。

(宮森健次)